スポーツと眼に関して Ⅷ スポーツと視野①
スポーツ競技の向上に必要と思われる視野
目線とは全く違う方向に素早いパスを出すバスケットボール選手のプレーには、よくあそこまで見えているものと、ただただ感心するばかりである。「あの選手は周囲がよく見えている」とか「あいつは後ろに目がついているようだ」という表現は、すぐれた選手は視野が広いことを経験的にいったものである。ある文献(スポーツと眼P48)に、実際にスポーツ選手は視野が広いかを大学スポーツ選手82名(男子53名、女子29名)と非スポーツ選手50名(男子25名、女子25名)の水平視野と垂直視野で比較している。これによれば、スポーツ選手の視野は非スポーツ選手より広く、水平方向で約185°、垂直方向で122°であり、非スポーツ選手との差はそれぞれ、17°、11°あったという。これらの研究で測られている視野は一般に生理的視野と呼ばれるものである。この広さを決めるものは、視標の明るさとか大きさなどの物理的要因の他に、眼窩の形状などの形態も関係している。男性のほうが女性より情報視野が狭いというのも、男性の眉骨の隆起が女性よりやや大きいということに関係している。この生理的視野の広さは、絶対的視野ともいわれるもので、いわば静的視野である。視野の広さは心理的な要因によってつねにダイナミックに変動しているので、生理的視野よりも心理的視野とか動的視野と呼ばれる視野のほうがスポーツでは意味をもっている。スポーツでは視野に入るものはボールや選手、あるいは、用具、施設というようにあらかじめあるかがわかっている場合が多く、しかも範囲はほぼ視野全体広がっているので、一般の視野の役割とは違っているかもしれない。
[周辺視野トバランス]
これまでのところ、スポーツにおける視野の役割として系統的に研究されたものはないが、身体の平衡性や、距離の見積もりというスポーツにとって基本的なことと関係があることは知られている。身体の平衡性は内耳機能、筋感覚からのフィードバック、および視覚の三者によって保たれているが、このうち視覚からは主として周辺視からの情報を利用しているという。小さな穴をあけたボール紙で眼を覆って片足立ちをしてみると、うまくバランスがとれない。これはバランスに必要な周辺から入る情報が遮断たれたためである。バランスの保持における視覚の役割は、身体が動揺することによる視野内の物体の相対的な運動を知覚し、得られた情報を姿勢調節にフィールドパック、あるいはフィールドフォーワードすることにある。そのため、運動の知覚とか、相対的な位置感覚にそのおもな働きがある周辺視野からの情報が姿勢制御に与える影響が大きいという。実際に視野制限メガネで視野を制限して、バランスがどのようになるかを調べると、制限された視野の面積が大きくなるにしたがってバランスもわるくなり、とくに、網膜悍体細胞の密度が高い視野の部分が制限された場合に動揺が大きい。これは、微分回路的な処理機能をもつ網膜杆体機能からの情報がなくなくなるためではないかと考えられる。
[周辺視野を遮蔽する]
指で輪をつくって眼にあて、それを通して見ると、見ているものまでの距離は遠くに感じられる。視野は距離の見積もりにも関係しているわけである。スミス(研究者)らは、視野制限をしない場合と、三種類の視野に制限した条件を設定して、距離の知覚にどのように影響するかを、3~8mという距離から的にソフトボールを投げるという方法で調べている。