運転免許だけでなく、深視力の正確性はスポーツ能力向上に繫がります。
深視力とは、一言で距離感や位置関係を正しく判断する能力のことをいう。運転免許だけでなく、深視力の正確性はスポーツにも密接な関係があります。 自動車免許で深視力検査が必要な「けん引」「中型」「大型」「第二種」の免許取得だけでなく、スポーツ競技で「バスケットボール」「サッカー」「テニス」「野球」ゴルフ」カーレース」「スキー」「サーフィン」などにおいては、深視力の正確性が競技の向上に差がつくのです。 <左写真:深視力検査機>
■タクシードライバーと深視力・・・
自動車の運転で事故を起こさないためには、人や物をさけるハンドルさばきやブレーキをかけるタイミングに十分注意しなければなりません。そしてハンドルさばきやブレーキのタイミングは、人や物と自分の距離を正しく見きわめることによって、正確さが生まれます。
つまりドライバーには、距離感や位置関係をしっかり見きわめる眼=深視力が必要だということです。これは自動車にかぎったことではなく、オートバイや自転車でも同じです。
社員数1,500名のあるタクシー会社で、何回も事故を起こしたことのあるタクシー乗務員40名に、深視力の検査を行いました。すると40名中25名(62.5%)に異常が認められました。これは、驚くべき比率です。
自動車運転免許試験場では、2種免許の取得に際して深視力の検査を行いますが、不合格率は4%にすぎません。
さっそくその25名に対して、メガネを合ったものにかえさせるなどして、深視力を上げるように指導しました。その結果、明らかに事故が起きる割合が減ったそうです。
■測定方法
深視力計を使います。スコープをのぞくと、3本の棒が横に並んで立っています。両わきの2本は位置が固定されていますが、真ん中の1本は前後に動きます。テストはこんな具合に行われます。まんなかの棒が自分に近づいてきます。3本が真横に一直線に並んだように見えたら、スイッチボタンを押します。実際に真横に並ぶ位置とボタンを押した位置が、どれだけ離れているかで、深視力のよさを決めます。
次の人は、基本的に深視力が劣ります。
・左右の視線が目標で一致しない斜視の人。
・左右の静止視力が大きく違っている人。
・視力が非常に低い人。
・メガネをかけていても度が合わなくなって、左右の静止視力が大きくちがってしまった人。
同じ程度の静止視力を持った両目で見なければ、十分な深視力は得られません。左右の静止視力の差が大きいと、よいほうの眼だけで見てしまうことがあるのです。コンタクトレンズにしろメガネにしろ、悪いほうの静止視力を上げ、両眼の視力差がないようにすることが、アスリートとして能力を発揮するための基本条件となります。
■こんなスポーツこんな場面で威力発揮
深視力は、クルマの運転だけでなく、実に多くのスポーツで、重要な役割を果たしています。ディフェンスと自分、ボールと自分、ディフェンスの陣形、オフェンスの陣形、ゴールと自分など、さまざまな距離感や位置関係を、ゲーム中常に正確に知っておかなければならないボール・スポーツでは、欠くことのできない視力です。深視力が悪い大学のバスケットボール・プレーヤーが、深視力を改善することでシュートやパスのミスが減り、補欠から準レギュラーに昇格したことのお話に、こんな話があります。
H君(20歳)は、学生リーグ1部に所属する東京のC大のバスケットボール・プレーヤー。身長184cmで体格的にはまずまず、両目も視力も1.0と問題がありません。しかし、パス・ミス、シュート・ミスが目立つため、「センスが悪い」と監督、コーチに想いこまれ、いつも試合には出られませんでした。いわゆる万年補欠です。そんな彼が、あるときスポーツビジョンのひとつである「深視力」の測定をしました。「深視力」は、距離感や位置のちがいを正しく見きわめる能力です。パスやシュートの正確さを高める役割を果たし、バスケットボール・プレーヤーには欠かせない眼の能力といえますところが、この測定に彼はまったく反応できなかったのです。調べてみると、左目の視力が極端に悪くなっていました。そこで、左目にコンタクトレンズを取り付け、「深視力」を高めることにしました。その結果、pスとシュートのミスは激減。彼は万年補欠を脱し、準レギュラーとして活躍するようになったということです。
これは、スポーツビジョンが競技に大きく関係していることを示す例ですが、このような実例はほかにも数多く報告されています。H君のケースは、あきらかに眼の機能の異常が、競技力に深刻な影を落としていた例です。片目でのパスやシュートを行っていたようなものなのです。
また、ボール・スポーツだけでなく、相手と組み合う格闘技などでも、この視力が勝敗を左右することがあります。相手とのわずかな位置関係のちがいをいち早く知ってスキをついたり、相手のくり出す技をすんでのところでかわすなど、攻撃、防御動作のタイミングを知るために、不可欠な能力だからです。出血して片目をふさがれたボクサーは、防御、攻撃力が急激に落ちます。深視力が不十分であれば、片眼をふさがれた状態と同じになってしまいます。クルマの運転と同じ種類のスポーツで、やはり深視力が欠かせないものとしては、スキー、サーフィンなどがあげられます。純白の雪面では、距離感を知る手がかりの1つとなる経験的な知識が役立ちません。ほとんど純粋に視力だけの勝負となります。またサーフィンなども、波の状態や質に応じたパフォーマンスを行うためには、次々に現れる波までの距離を、常に見きわめなければなりません。
■たとえば、各スポーツで、深視力が必要とされる場面
バスケットボール:
①シュート ②パス ③ディフェンス全般 ④パス・インターセプト ⑤シュート・カット ⑥リバウンド・ボール ⑦カット・イン・フェイント ⑧コンビネーション・プレー
サッカー:
①キック ②ドリブル ③パス ④ヘディング ⑤トラッピング ⑥フェイント ⑦コンビネーション・プレー ⑧ゴールキーピング
テニス:
①サービス ②サービス・レシーブ ③ストローク ④ボレー ⑤球際の強さ
野球:
①バッティング ②ゴロの捕球 ③フライの捕球 ④球際の強さ
ゴルフ:
①ティーショット ②アイアン・ショット ③パッティング
カーレース:
①道路状況の把握 ②障害物の回避 ③ハンドル、ブレーキ操作のタイミングのキャッチ
スキー:
①雪面状況の把握 ②エッジング、ターンのタイミングのキャッチ
サーフィン:
①波の高さと質の把握 ②パフォーマンス開始のタイミングのキャッチ
深視力の向上はトレーニングで正確性が増します。・・・こちらへ
■距離感や位置関係を見きわめる眼の仕組み
エンピツを両手に1本ずつ持ち、両目で見ながらその先を左イラストのように空中で合わせてみてください。ヒジは伸ばしきらないように。難しいけれど、なんとか合わせることができます。では今度は、片眼でそれをやってみてください。なかなか合わせられないはずです。このことから、人は両目を使うことによって、眼から2本のエンピツの先までの距離や2本のエンピツの位置関係を確かめていることがわかります。
ではなぜ両目を使うと、距離や位置関係が正確にわかるのでしょうか。それは、右眼に見える映像と左目に見える映像が、わずかにちがうからです。私たちはこの違った像を、脳の中で1つにまとめることにより、立体的な、つまり距離感や位置関係がわかりやすい像を見ることができるのです。
ちょっと話はそれますが、立体写真は、この原理を利用したものです。左右の眼でそれぞれ見たような少し写り方のちがう写真を2枚用意して、1枚を右目だけ、もう1枚を左目だけで見るようにし、あたかも奥行きのある写真であるかのように錯覚する仕組みになっています。
■経験や知識からも距離感を知ることができるか
では、両目を使うことによってなりたつ深視力が不十分だと、距離感や位置関係はまったくわからないのでしょうか。そんなことはありません。私たちは経験や知識によって、距離感や位置関係を知ることができるからです。
・手前のものは奥のものを隠す。
・平行なものは遠ざかるほど狭く見える。
・遠いものは近くのものよりかすんで見える。
・遠いものは近くのものより小さく見える。
こうした経験や知識をてがかりにすれば、ほぼ正確に見きわめることができます。しかしそれは「ほぼ」であって、十分正確に見きわめることはできないということでもあります。場合によっては、経験や知識にじゃまされて、まちがって判断してしまうこともあります。
たとえば、上のイラストを見てください。絵に描いたテーブルの上に、本物の百円玉は何枚乗るでしょうか。2枚?1枚正解は0枚です。素直に見れば、2枚は乗りそうな感じがするはずです。経験や知識が正しい目測をまどわす例です。