激しいスポーツ時の保護眼鏡 SW:FORWARD
■ スポーツと目の保護関係の本を探しましたが、出版されている本がほとんどありませんでした。唯一石垣尚男著の「スポーツは目からはじまる」を見つけることができました。有名書店や近所の本屋へ行き探していただいたのですが完売で、再販の予定はありませんとのことでした。古本屋にでも出回っていないかと確認をとったところ、偶然に1冊でできたため拝読いたしました。この本を読んでいる第9章に「スポーツによる眼の外傷と予防」が記述されていたため興味を引きました。、目のケガがスポーツに与える影響は重要であることがさらに把握できたと思います。が、しかし、この事をスポーツ競技を愛する方々に、少しでも知って頂ければ幸いです。通常であれば本屋へ行けば手に入るのですが、再販予定がない状態になっているようですので、引用させていただきました。
スポーツ中の眼の外傷(以下、ケガとする)も例外ではない。
眼のケガの割合
■多くのバスケットボール選手は、外傷を経験した後に、防護用ゴーグルを装着しはじめる。最も有名な例は、6度目の角膜擦過傷の後で、眼の防護用に写真のような古い飛行士用ゴーグルをつけはじめたKareem Abdul Japper であろう。このゴーグルの使用期間は短かったが、彼のポリカーボ製のゴーグルは、プロバスケットボールにおける1つの象徴となった。
不注意による事故、指導方法や練習方法の誤り、あるいはスポーツ用具の欠陥などのさまざまな原因でケガは起こる。スポーツにケガはつきものとはいうものの、防げるものであれば少しでも防ぎたい。
■スポーツどきの保護眼鏡の一例
2014年3月販売予定 SW:FORWARD FW-001 NAV
フレームカラー:ネイビー レンズカラー:クリア
サイズ:50□17 フレームフロント幅:123mm 上下幅:40mm
フレーム重さ:40g フレーム素材:ナイロン
<特徴>
耐衝撃性に優れるラバー素材のパッドが、鼻部から眼部までしっかりと覆います。パッドに施された溝は衝撃の分散と高いフィッテイング効果を実現します。
スペアのパーツとして、ブラック/ホワイトのフェイスパッドもご用意いたしています。
程よい柔らかさのシリコーン素材のダブルエアクッションタイプを採用。横から衝撃を最大限に抑え、安全性を高めるとともに、フレーム内側のフィッテイングを向上させます。
・サイドクッションゴムはスペアパーツとして。ブラックとクリアがあります。他の、スペアパーツとしてベルトがあり、ブラックとネイビ、ピンクがあります。
サイズ:50□17
フレームカラー:クリア
レンズカラー:クリア
サイズ:50□17
フレームカラー:ブラック
レンズカラー:クリア
サイズ:50□17
フレームカラー:ライトピンク
レンズカラー:クリア
サイズ:50□17
フレームカラー:ネイビー
レンズカラー:クリア
■米国では、2001年のレポートによると、スポーツ時に救急治療を必要とする眼の怪我は3万8千件以上もありました。スポーツ人気が増すに従って、選手の眼の怪我は驚くべき速度で増加しています。そのため開発されたのが眼鏡ゴーグルタイプ。より安全にスポーツを楽しむために、保護眼鏡がさらなる進化を遂げました。激しい動きのスポーツで、汗をかいてもズレにくい「眼を護る」アイウェア。子どもから大人まで対応する豊富なラインナップ。
サッカーの眼損傷について多くが説明されているわけではないが、毎年かなりの数の眼損傷が発生している。サッカーも人気が高まっているので、その損傷の発生数も増えると思われる。サッカー眼損傷のメカニズムは、蹴られたボールと眼窩や眼球の接触により起こる。眼窩は多くの衝撃を吸収するが、眼球と比べて相対的に眼窩の発育が不十分な若い選手などでは、直接、眼球に損傷を受ける。重篤な網膜障害は前眼部の障害がなくても起こる¥りうるので、高度な眼科的検査がとくに重要である。神経損傷の原因となりうるヘディングだが、文献上はそれほど危険は多くなさそうである。サッカーにおける保護眼鏡の必要性は、ホッケーやラケットスポーツなどより少ない。全サッカー選手に対しての保護眼鏡の使用は、あまり必要ないと思われる。眼窩構造の未発達な子どもや青年期による使用は、増加する眼球損傷に対して考慮すべきであろう。ポリカーボネート製ゴーグルを使用せずに、通常の眼鏡やハードコンタクトを使用するのはやめるべきである。
■参考までにスポーツ眼科より抜粋・・・サッカー
1960年代から米国で人気が高まったスポーツにサッカーがある。米国以外でサッカーは世界で最も人気のあるスポーツである。とくにヨーロッパやラテンアメリカで人気が高い。サッカーと同様のゲームは数千年ではないが数百年前から存在していた(中国では紀元前400年ごろに同じようなゲームが行われていた。)1948年、イングランドのCambridgeにあたるTrinity大学で、サッカーの最初の公式ルールが起草され、そこではサッカーは”フットボール”と呼ばれ続けている。最初のフットボール協会は1863年イングランドで組織された。19世紀から20世紀への変わりめのころまでに、ヨーロッパと南米の数が国内組織をつくった。1904年にフットボールの国際組織Federation Intermationale de Foothall Association が設立され、1930年にウルグアイのMontevedeo 第1回のワールドカップが開かれた。
ゴルフ損傷の統計と違い、サッカー損傷はアメリカンフットボールや野球とほぼ同じである。これはサッカー選手のほとんどが子どもや青年であるためである。1993年のNSPBの情報によると、サッカーに関係した眼の損傷は約1,319例であった。これは全スポーツ外傷の3.2%にあたる。サッカー損傷の28%が15〜24歳の年齢層に起こると考えられている。損傷の約55%が15歳以下の子どもであった。この発生頻度は過去10年間、比較的一定している。1982年、Consaumer Product Safety Commission (CPSC)によると、眼損傷の原因としてサッカーは第7位にランクされ、その総数は1,665例にのぼった。
NSPBとは:
アメリカにおける我々の慈善団体、国の主要なボランティア・アイ健康と盲目を防止するために専用されて、視力を節約している安全組織で創立されます。
CPSCとは:
アメリカ合衆国消費者製品安全委員会。主に家庭用電化製品や個人/家庭用向けコンピュータ、子供用品関連について、各種ガイドラインを作成し、リコールや改修の監査、契約の正当性、品質や機能/性能の担保、米国内の消費者の利権を確保し不条理なリスクから保護する事を目的とする。 また輸入製品に対する安全基準や規格の策定、リコールや改修の勧告も行い、しばしば米国議会や米国産業、米国消費者に配慮した政治的判断を下すことがある。
平均的な成人の眼窩開口部は約3.5×4.1cm(1.4×1.6インチ)であり、標準のサッカーボールの直径は約21.8cm(8.6インチ)、周囲は約68.6〜71.1cm(27〜28インチ)であるが、眼窩開口部は角膜面にあるので眼球への直接外傷は容易に起こりうる。このような大きな物体がもつ、直接損傷の原因になる可能性は、ボールの形(曲率半径)とその衝撃力の強さに関係している。半径4.3インチの圧縮できない球形の物体でも、眼球に直接接触することができるだろう。眼窩の軟部組織と、眼球の形を変えずに少しくらいはもとにもどれる眼球の能力によって、圧縮できない物体によって引き起こされる眼窩以外の損傷のほとんどは予防できるだろう。しかしサッカーボールは、とくに多少しぼんでいたりすると、当たった瞬間に重篤な眼球の変形と、眼窩開口部への侵入が可能となる。これは、隆起の少ない前頭骨や上顎骨で、眼窩縁が十分に発達していない子供ではさらに際立っている。子どもは標準より少し小さいボール(周囲が63.5cm)でプレーするため、問題はさらに複雑になる。この年齢層ですら眼科はほとんどの衝撃を吸収でき、ゴルフボールのときにみられるような(たとえば眼球破裂などの)壊滅的な損傷から防御できるが、それでも重篤な損傷は起こる。一般的に衝撃力は、眼球壁の張力を超えないまでも眼球内の構造を変形させうるに十分なくらいに強い。この結果として前房出血や網膜裂孔、網膜出血そして網膜振盪症などが最も頻繁にみられる。Schneider らは、10mの距離で蹴られたサッカーボールのスピードを測定・調査し、全力で蹴られたときに、その衝撃力は200kp であった。
サッカーによる損傷は、ときに選手の不注意のために蹴られたり、肘やテで殴られたりして発生するが、ほとんどはサッカーボールが眼窩や眼球に当たって起こる。1990年1月〜1993年11月の間にNational Electronic lnjury Surveillance System (NEISS)によって集められた情報によると、116例のサッカー損傷が報告されている、CPSCの毎年の計画はこのデータをもとにしている。損傷のメカニズムに関するコメントは、これらの症例のうち94例で有効であった。94例のうち70例(74%)はサッカーボールを眼球にぶつけ、15例(16%)は別の選手の足、肘、手によって受傷している。患者の10%以上が入院治療を受けた。しかし、これ以上詳しい報告はされなかった。
NEISSとは:米国の電算機危害監視システム。人体に危害を与える商品事故の情報を収集し、迅速な処理を行うと同時に事故帽子もはかるシステム。米国の消費者製品安全委員会が1973年、最初にこのシステムを始めた。
Vingerは、1981年1月〜1983年12月までの間に個人の眼科医に治療を受けたサッカー損傷の発生率とメカニズムについて報告した。27例のサッカー損傷が治療され、このうち20例(74%)はサッカーボールによる受傷し、5人(19%)は他の選手によって受傷した。眼球破裂はなかったが、軽い打撲傷から網膜剥離までみられた。ほとんどが10〜19歳であった。1978〜1079年の間に、ある地方の公立学校がいくつかのスポーツにおける眼損傷の発生頻度を調べたデータもある。約7,000人のサッカー選手も対象となっており、7人の外傷が報告され、発生率としては1/1,000であった。この発生率は1079年から始まっているNational Athletic Injury/Illness Reporting System (NAIRS)のデータより多少低い。NAIRSは、大学のスポーツ競技者における顔面損傷の平均年間発生率についてのデータを集めている。1079年発表された過去3年間の発生率は2.5%であった。眼球・眼窩損傷にかぎってみると発生率は0.3%であった。
Larrison らは、1987〜1988年のMassachusetts Eye and Ear Infirmary におけるスポーツ関連眼損傷についてプロスペクティブな評価を報告した。15例のサッカー外傷が確認され、全症例の7.4%を占めていた。その患者15人中5人は前房出血があり、入院治療を要した。前房出血は他のスポーツより、サッカーで多く認められた。損傷の80%はボールと眼の接触により生じた。1986年、Sussex Eye Hospital でのGregory による調査では、92例のスポーツ損傷が報告され、うち19例(21%)がサッカー損傷であった。7人が入院となり、うち6人に前房出血を認めた。サッカーはスポーツ損傷のなかで入院原因のトップであった。8人には網膜外傷が認められた。
Burke らは、サッカーボールが原因の眼損傷23例について報告した。患者は6〜21歳で、ほとんど(79%)が男性であった。Larrison らの報告と同様、前房出血はよくみられる所見であった。患者の50%に前房出血がみられたが、再出血を起こした例はなかった。その他の前眼部損傷には隅角後退、外傷性虹彩炎、角膜びらんなどがある。これらの前眼部損傷には、しばしば後眼部損傷が合併する。患者の67%に硝子体出血や網膜出血、網膜浮腫や色素性網膜症報告された。患者の1人では、冷凍凝固治療が必要になるほど網膜裂孔が進展した。前房出血は12例、うち6例は後眼部損傷もあった。網膜損傷は、前眼部損傷のない患者26%認められた。
Orlando は1084年9月〜1987年月までの3年間に8〜15歳の子どものサッカーによる眼損傷13例について報告した。前房出血は最も多い損傷で、9例にみられた。5例に明記しない程度の隅角後退がみられ、網膜振盪症をきたした5例と脈絡膜破裂を起こした1例を含む7例に網膜損傷が認められた。後者の患者(網膜損傷を受けた)の視力は0.5に低下した。その他の患者は全員0.8かそれ以上の視力に回復した。近距離から蹴れれたボールで6人が受傷し、3人が別の選手に蹴られて受傷した。患者の1人はヘディングしようとした相手チームの選手の頭で受傷した。眼鏡にボールが当たって壊れ、その破片で2人が受傷した。この2人はともにゴールを守っていた。
NAIRSとは:
米国の国体傷害/病気報告システム。高校や大学フットボールの傷害*の3年間の調査結果国体傷害/疾病報告システム。国体傷害/病気報告システムは、医師、アスレチックトレーナー、スポーツ管理者が意味のあるデータを得るために自分の考えを共有した時、いくつかのワークショップから作成された国民監視システムである。 主な目的は、継続的な収集とスポーツ関連傷害に関する情報の分析のための実現可能な、安価なメカニズムを提供することでした。 さらに、プロジェクトは機関や政府機関の記録管理の有用なシステムを提供しています。 がスポーツの広い範囲でデータを収集しますが、このレポートでは、高校や大学のサッカーのために怪我の危険性を明確にしている。
Massachusetts Eye and Ear Infirmaryとは:
マサチューセッツ・アイと耳 。博士によって1824年に創立されます。エドワード・レノルズとJ・ジェフリズ、組織は最も難しい病気の成功した治療と目、耳、鼻、のど、頭と首の状況のための、そして、医学研究と教育への顕著な貢献のための国際的な評判を得ました。マサチューセッツ・アイと耳は、ハーバード・メディカル・スクールの教育研究病院です。
Sussex Eye Hospitalとは:
米国のサセックス・アイ病院。英国医学会が設立された同じ年、サセックスEye病院は、1832年にブライトンにその起源があることを持ちます。その創設者(ジェームズ・ピックフォード博士)は中央の通りのシングル・ルームから動きました、そして、それは目の病気のためのサセックスとブライトン診療所として知られていました。5年後に、それは、4人の患者の層を収容したより大きな建物へ移りました。拡大は、新しく造られた女王の通りで、1846年に用途に合わせた病院を続けました。1881年に、大きな拡張が、サセックスEye病院に有名な診療所と変化にありました。
1981年のPan American Congress of Ophthalmology の前に発表されたVerdaguer による若年者網膜剥離の再調査によると、サッカーに関係した網膜剥離が20例報告された。患者のなかにはチリ人男性も含まれ、年齢は13〜30歳であった。サッカーが米国よりずっと人気の高いラテンアメリカでは、サッカーボールによる損傷が、外傷性網膜剥離の最も多い原因(26%)であった。10人の患者に上耳側の硝子体基底部からの網膜離開が認められた。この10人のうち9人は硝子体基底部の後方境界線まで裂孔が拡大した。さらに7人は網膜剥離になるような上耳側の穴がみつかった。強度近視のある他の2人の患者についても記述されていた。ある1人には巨大網膜裂孔がみつかった。そして別の人には、視機能の回復を妨げる。「重篤な外傷性の所見」とほぼ同じ意味である馬蹄形裂孔網膜剥離を認めた。その結果、著者はとくに近視の強い人はサッカー損傷を生じる危険性が高いと警告していた。裂孔の位置の特徴は、強膜と硝子体の非対称的な弾性に関係していた。著者は、Schepens により最初に記述された座傷タイプの一般的な損傷モデルを再検討した。サッカーボールなどによる眼鏡への衝撃は、眼球の前後径を軽減させる。そして、同時に前方の強膜は急速に拡張する結果、硝子体基底部や網膜に牽引がかかる。瞬間的に直接作用する引き裂く力が、このモデルにおいては耳側の離開をきたした。20人の患者中14人には外傷の1か月以内に症状があらわれた。3か月以内にはすべての患者で症状があらわれた。発見が遅れた7例は完全な増殖性硝子体網膜症になった。硝子体出血、黄斑障害、周辺萎縮や色素性網膜変性などがしばしば報告される。虹彩括約筋の損傷、角膜びらんや虹彩炎もよくにられた。外傷性白内障も報告された。20例の網膜剥離のうち19例は回復した。しかし、この患者たちのうち5人の視力は0.1未満にとどまった。
Pan American Congress of Ophthalmology とは
眼科学の全米の協会。生涯教育を通しての盲目の予防と西半球の眼科医の間の文化交流です。