スポーツと目 8 スポーツと利き眼
スポーツでは競技者は状況の変化にすばやく対応している。球技ではボールやまわりの選手の動き、格闘技では相手の動きなど、刻々と変化する状況を瞬間的に判断しながら体を動かす。周囲からの情報の大半は主に目を通って、すなわち視覚を介して脳に入力されている。
五感の中で視覚はスポーツに最も関係する感覚で、視覚能力の優劣がその選手の競技力に大きな影響を与えているが、この事実はスポーツ界でもなかなか理解されなかった。視力矯正することもスポーツでは拒否されていたのである。眼鏡をかけた選手は一流になれないといわれていた。眼鏡をかけた者は本の虫」で、体力もなく運動神経も鈍いと思われていたのである。ボクシングのモハメド・アリは視覚の大切さを説いている。
1)静止視力
一般に「視力」といわれている。静止した指標を使い、どこまで小さな視標が見えるかを見る。
2)動体視力
眼の前を横に動く目標を見る時の能力で、認知できる視標が速いほど能力が高い。
3)動体視力
数値で客観的に評価するのは困難だが、周辺視野域における認知力(動きや光、あるいは大きな視標)をチェックする。
4)深視力
距離や距離の差を感じる能力。
5)眼球運動
視線を目標に向ける速さ正確さ。
6)眼と手・体・足の協応動作
視覚で認識した目標に対しすばやく手(または体・足)で反応する能力。
7)視覚化能力
視覚的なイマジネーション、たとえばテニスのサーブやゴルフのショット、サッカーのキックなどでは、これから打つボールの軌跡が目に見えるように頭の中で描けることがある。重要な能力であるが評価判定は難しい。
8)瞬間視
一瞬のうちに多くの目標を認知する能力。
9)焦点調節時間
距離の変化に応じた眼(水晶体)の調節機能。
10)眩しさからの回復速度
強い光をあてられると一時的に視力が低下する。その後再び視力が回復する能力には個人差がある。
11)暗視力
薄暗い中での静止視力。
12)眼の疲労回復能力
眼に疲れやすい器官で、その回復に個人差がある。
13)色覚
色を認識できる視覚。
14)利き目
一般的に顕微鏡や望遠鏡を覗くときの使う眼が利き目。
15)視覚記憶
眼でとらえ目標を正確に認知記憶する能力。
16)中心~周辺認識力
中心を固視しながら同時にどれだけ周辺視野領域に意識をむけられるか。
17)空間の位置感覚
三次元空間における位置感覚。
以上がスポーツどきに必要としている視機能である。
例えば、利き目について
近年、利き手、利きあ足、利き耳など、身体の「利き」について話題になることが多い。右半球、左半球の機能に関係した「利き脳」という言葉もある。私たちには両眼視しているので、日頃、気づかないが眼にの利きがある。
人は両眼で目標を見ているが、2つの眼が離れたぶんだけ網膜には少しだけ異なる映像が映る。脳はこれを1つに統合し立体視している。このとき、脳では左右どちらかの眼から入る映像を優先し、片方の眼からの映像を抑制している。この選択は無意識のうちにおこなわれている。映像を優先するほうの眼を利き眼という。利き眼は優位眼、指導眼、マスターアイなどといわれることもある。また、利き眼には機能性の利き眼と感覚性の利き眼というわけかたがあるが、機能性をさすのが一般的である。
利き眼の判定法にはいくつかあるが、おもに使われるのは次のようなものである。
①指差法(ローゼンバッハ法)
両眼を開いて目標を見ながら腕を伸ばし、指先でその目標を指す。そのまま指は動かさないで左右の眼を交互に閉じる。左眼を閉じていても指は目標ぁらずれないが、右眼を閉じる指先が目標から離れる場合は「利き眼は右眼」、逆に左眼を閉じると指先が離れるが、右眼を閉じてもずれない場合は「利き眼は左眼」である。
あるいは、親指とひとさし指で作った輪の中に目標を入れて交互に眼を閉じてもよい。
②ホールテスト法
眼の大きさほどの穴を開けた紙を、腕を伸ばして顔の正面に持たせる。この穴を通して、検査者の顔をみさせる。検査者から見て、右の眼が見えれば、利き眼は右、左が見えれば左が利き眼である。指差法で説明しても理解できあに子どもの場合にはホールテストが便利である。ただ、子どもの場合、穴を大きくしすぎると両眼が見えて判定できないので注意が必要である。このほかに、「ビンの中をのぞく眼は」、「望遠鏡を見る眼は」といった使用する眼から利き眼を決めようというものである。
私たちの両眼の視線は目標の一点で合っているわけではない。たとえばホールテストのとき利き眼を閉じてみると、非利き眼の視線がどれくらい目標からずれているかがわかる。このように利き眼は立体視するために優先する眼ということになるが、どちらが利き眼になるかは成長の過程でしだいに固定していくようである。
図23は右利きの眼の年齢による変化である。
これによれば、10歳ころまでは利き眼が右の子どもは30~40%で、10歳をすぎたころから右の割合が増え、成人に達するとほぼ60%ぐらいが右利きに眼になっている。成人伊丹市達するまでは女性のほうが右が多く、成人に達したのちは男性のほうに右が多いという性差がある。利き眼は左右のどちらかになるのではなく、あるとき右が利き眼になり、あるときは左になるというように、利き眼が一定しない交利眼と呼ばれるものもあるという。
さて、発達の過程で右か左に固定されていく利き眼は利き手の発達とよく似ている。前原の調査によれば、利き手が右の人の割合は、10歳前後でいったん50%以下に減少したあと、思春期のころに急激に増加し、成人ではほぼ90%ぐらいが右利きになるという。そして、いずれも右が優位になることが共通している。
ところで、ほとんどすべてを右手あるいは左手でするというように、利き手がどちらかに決っている人が多いが、なかには文字を書く手、ボールを投げる手、あるいは歯ブラシを使う手など、動作によって左右が違う人もいる。このような人の利き手は、利き手テストで判定することになる。いくつかの利き手テストが考案されているが、一例としては八田・中塚利き手テストをあげる。10項目におうち8項目以上を右でおこなえば右利きとし、4項目以上を左でおこなえば左利きとする。それ以外の場合を両手利きと判定する。このテストの結果によれば、日本人成人に約97%が右利きであるという。どのような動作で判定するかというテストの違いによって利き手の割合も異なってくるが、諸外国の右利きの割合もおおむね90%前後が多いようである。
利き手は大脳半球の優位性によるものであるが、利き眼と大脳半球との関係はほとんどわかっていない。これは右眼の像が左脳に伝達され、左眼が右脳で処理されるという単純な関係ではなく、図24のように、網膜の右側の映像は左半球へ、左側は左半球へ送られる。このため、1つの眼でものを見ても、影像は左右の脳へ半分ずつ送られることになり、どちらの脳が働いたのかわからないからである。したがって、右利き手の人(左脳が優位)であっても、利き眼も右になるわけではない。しかし、前原によれば、利き手と利き眼にはわずかに正の相関があり、右利きの人は利き眼も右になりやすいという。
①野球における左利きの有利性
テニスや卓球などでは、一般的に左利きは有利とされている。もともと左利きは少ないので対戦経験が少ないうえに、右利きの選手とはボールの回転やコースが逆になるので、左利きの選手を苦手とする人は多い。
スポーツの中で左利きの有利性がはっきりしているのは野球である。次のような利点があげられる。
左打者
・一塁ベースに近いうえに、振り切った姿勢でスタートできる、約2歩分速いという。
・右投手のボールを見きわめやすい。右投手は多いので有利である。
・二盗するランナーが左打者の陰になるので、捕手はスタート見にくい。
・ランナーをすすめることを考えると、右打者が右方向へ流し打ちするより、左打者は引っ張ればいいので打ちやすい。
左投手
・一塁へ牽制しやすい。
・右打者には膝元に食い込んでくる左投手のインコースの球を打つのは難しい。
・打者は全般的に左投手には不慣れ。
守備
・逆に、守備では左利きポジションが限られた不利である。
・内野守備では左利きの選手は二、三盗を許しやすい。左利きの捕手はほとんどいない。
このように見ると、打者としては左打ちが断然有利であることがわかる。実際に、プロ野球の1987年度の打率は左打者が0.278、右打者が0.245で、このことを裏づけている。しかし、左投げだとポジションが限定されるので不利である。したがって理想的なのは、右投げ左打ちの選手ということになる。プロ野球でも、巨人の篠塚選手をはじめとして、右投げ左打ちの選手にすぐれた選手が多い。
②野球と利き眼
以上は、投打の利きということであるが、バッティングには利き眼も関係すると以前から言われている。バッティングは交差性の選手が有利というのである。交差性とは、利き眼が右で、利き手が左、あるいは利き眼が左で利き手が右の場合をいい、利き眼と利き手も同じ右、あるいは左は非交差性である。
この理由として、たとえば、右利き眼の選手が右バッターボックスに入ると、利き眼である右眼は鼻柱にじゃまされ、ピッチャーの動作や球すじを狭い視野でとらえなければならなくなり、不利。もし、左利き眼であればそのような不都合はなくなり、投球の全動作を利き眼でとらえるので有利というものである。
古くはアダムスが、カリフォルニア大学の選手を調べている。その結果、交差性の選手のバッティングはかならずしも好成績ではなかったという。しかし、右利きー右眼、左利きー左眼という非交差の選手をオープンスタンスとクロススタンスにわけてみると、オープンスタンスの選手のほうが空振り三振が少ないということが分かった。アダムスは、これは利き眼がじゃまされないようにオープンスタンスにかまえたためではなかろうかと考え、バッティングには利き眼も関係するのでは、と結論している。これをもとに、アメリカには非交差性の選手のいは、オープンスタンスをkすすめるコーチもいる。
最近では、ポータルらがフロリダ大学の選手を調べている。これによれば、非交差性の選手の打率は0.250、交差性は、0.310で有意な差があったことから、バッティングには交差性が有利であるとしている。その他、アメリカメジャーリーグの利き眼と利き手の関係を調べたところ、交差性の選手の多かったチームのチーム打率は高い傾向があるという調査結果もある。
バッティングには、このような利き眼の有利性がほんとうにあるのであろうか。いささかの疑問が残る。利き眼がどちらかというよりも、両眼でボールをしっかりとらえることのほうが重要ではないかと思えるからである。
そこで、1989年度の愛知6大学1部リーグの選手100名を対象にして、利き眼、利き手、打率(リーグ戦の公式記録)の関係を調査してみた。表4は、100名のなかから投手や規定打席に足りない選手を除いた61名の利き眼、利き手、打率である。61名のうち、交差性が21名(34%)、非交差性が33名(54%)である。先の阪急ブレーブス(当時、124項)の選手の交差性の割合も、右手ー左眼13名、左手ー右眼4名で、全体の33%である。前原の調査でも交差性は30~40%になるので、この割合はおおむね妥当のようである。
さて、この交差性の選手の打率は0.305であった。これに対して、非交差性の平均打率は0.300である。わずかに交差性の選手が高いという結果となったが、統計的には有意な差ではない。
前述のように、利き眼がさえぎられるかどうかで有利、不利があるとすれば、利き手がどちらかよりも右打ちか、左打ちかでみたほうがよいであろう。このうにみると、右打ちー左眼、左打ちー右目の交差性になる選手は27名で、打率は0・290、これに対して、非交差の選手は31名で打率は0.303である。統計的な有意差はなかったが、むしろ利き眼が鼻でじゃまされる非交差性のほうが打率が高いという傾向であった。つまり、この調査によれば、打率で見るかぎり交差性が有利かどうかは判断できないということになる。打率よりも、コースの見極めや、見送り、三振といった観点から調査すれば、あるいは有利性はあるのかもしれない。
野球では、「右投げ左打ち」が有利であることを先に述べたが、この調査から右投げ左打ちの選手を拾い出すと61名中9名で、打率は0・320である。ちなみに左投げ左打ちは11名、打率0.287.つまり、同じ左打ちといっても、右投げ左打ちは左投げ左打ちよりすぐれた打率である。大学野球でも右投げ左打ちは有利なようなものである。
この9名の利き手の結果は、全員10項目すべて右という強い右利きである。つまり、本来は右利きであるが、バッティングだけは左である。野球を始めたときは右打ちだったkが、全員、途中から左打ちに転向した選手である。両手利きの選手が左に転向する以上に、右利きが左打ちに転向するのはむずかしいといわれている。プロ野球でも、右から左に転向して成功した代表選手は、広島の正田である。このほかベテランの山崎、野村、阪神の高橋などの選手がいる。右投げで左打ちという選手は器用というか、才能に恵まれた選手であるようだ。
①マスターアイ
ほとんどのスポーツでは両眼で見るので、とくに利き眼を意識することはないが、射撃競技やアーチェリーなどでは利き眼は重要な要素になる。
クレー、ライフル、ピストルなどの射撃競技に共通しちるのは、引き金を引く手と利き眼が同じ側でなければならないことである。射撃では両眼をあけて照準するのが原則である。片眼をつぶると筋肉が緊張し、それが感覚的な緊張につながり、長時間にわたる競技ではエネルギーの消耗が大きいので、片眼での照準は禁物とされている。
利き手が右の場合、照準はスムーズである。しかし、マスターアイが左の場合、左眼の視線に合わせるためには図のように首を右に廻さなければならない。このとき、首の状態は不自然で、筋肉は緊張するため、長時間にわたる競技ではきわめて不利になる。
両眼で照準する場合には、利き手て利き眼が同じ側であることが原則になる。一致しない場合にはマスターアイに合わせて銃を選ぶとか、照門、照星をずらした銃をつくるなどの対策があるという。一致しなくても慣れれば不都合はないといわれるが、慣れるのに時間を要することなどから、一流選手には交差性の選手は少ないといわれている。
②照準と眼
射撃競技の照準で、眼の使い方は重要である。
図26は、ピストル射撃の照準である。図のように照門と照星の上ぎわを水平にして、左右の感覚を等しくする。そして、標的の黒点かの6時の位置に合わせ、黒点と照星との間にわずかにうっすらと白い線(すきま)が引けるよおうに照準する。これを「6時照準白一線」といい、照準の秘訣とされている。このようにしたとき、われわれの眼は照門、照星、標的のいずれにも同時にピントを合わせることはできない。初心者ではどうしても標的をはっきり見ようとして、眼のピントを標的に合わせてしまうが、標的はボンヤリした黒い広がりに見えればよく、照門、照星の高さ、左右の感覚がただしいかどうかをはっきりと見なければならないという。なぜなら、銃心の長さが10cmの銃で、合わせ方に1mmの誤差があれば、25m先の標的では25cmに誤差になるからである。
身体はつねに動揺していて静止することはない。このようなゆらぎのなかで非常に微妙な調整が必要とされるわけである。しかも、眼の焦点を照門、照星に合わせられるこぁmmは数秒と短く、しだいにボケる。はっきり見えない状態は、集中力を欠く原因になるので照準はすばやくしなければならない。射撃は集中力とともに、すばやいピント合わせという眼の調節機能が大切となる競技である。