スポーツ 野球と眼の怪我 Ⅱ
若い人たちでは、スポーツによって起こる眼の損傷の第一原因は野球であり、恐ろしい損傷が起こり続ける。野球による眼の損傷は、ボールの直撃や他の選手との衝突によって発生する。このような損傷のほとんどは、保護用具の使用を義務化することで防ぐことができる。
[打者について]
ピッチャーは、普通、ホームプレートから約18.3(60フィート)<ユースリーグでは12.2m(40フィート)>離れて立っている。バッターは、投球の最初の軌道を見て、1秒の何分の一かの間にその最終的なコースを予測し、スウィングするかどうかを決定しなければならない。そんため、スィングのスタートはボールが到達する前でなければならない。(左写真)
ボールを打とうとする選手は、<リンク表示後翻訳を操作>人間の感覚ー運動システムが作動する最も困難な視覚ー身体協応の成果の1つである。<リンク表示後翻訳を操作> 眼は大脳に信号を送り、続いて大脳は実行器官である筋に信号を送る。ピッチャーがボルを投げると同時に、バッターは打つためにボールに向かって踏み込んでいく。一方で、この動作を行っているあいだ中、バッターはボールが当たりそうだと判断したならば、”バッタースボックスから飛びのく”か”地面にふせる”ための準備もしなければならない。高速で接近してくる物体の軌道から脱出する才能は天性のものである。当然、常に恐怖心はある。軌道から逃れるこの能力は、子どもやウィークエンドプレーヤーにもみられるが、プロ選手はボールに当たる怖さにうまく適応することを学んできている。
ボールがピッチャーの手から離れてホームプレートを通過する瞬間までの時間は、400ms(4/10秒)である。バッターがスウィングを始めるために200msかかるので、投げられたボールのスピードと方向から最初の0.2秒でスウィングするかを決心しなければならない。この時点でボールはホームプレートからまだ9m(30フィート)離れている。常に最強のバッターの1人であったTed Wlliams は、おそらく自分のバットにボールが当たる瞬間を見ることができたと思われる。それにもかかわらず、彼はいっそうすばやくスウィングを開始しなければならなかった。天候条件もまた、接近するボールをはっきりと見るためのバッターの能力に何らかの役割を果たしている。ピッチャーには太陽が当たっていても、バッターは周囲のスタジアムからの影のなかに立つようなこともある。センターに外野席のあるスタジアムでは、白いボールが観客の白いシャツと混じり合うために、ピッチャーの球の出どころを見極められないこともある。
[投手について]
投げる球が伸びのある速球、落ちるカーブ、変化するスクリューボール、フォークボール、ストライクゾーンからはずれるコントロールのよいナックルボールのいずれであろうと、バッターの眼や顔に当たる可能性は常にある。人は、打者に立って時速153Km(95マイル)の速球が頭のそばにまっすぐ飛んでくるのをイメージすることができる。現在多くのピッチャーが時速145Km(90マイル)以上の速球を投げることができる。160Km(100マイル)で投げるピッチャーもいる。12歳前後のピッチャーは、一般的には64Km〜80Km(40~50マイル)のスピードで投げ、113Km(70マイル)以上の球を投げられる者もいる。
戦術的な手段として、ピッチャーはバッターの内角高めに厳しいボールを投げることがある。その狙いは、バッターをホームプレートからのけぞらせた後で、外角低めのボールを投げることにある。ピッチャーは、バッターに気をもませようとして、ボールが曲がりきる最後の瞬間までボールがバッターの頭部に向かっているかのように思わせるカーブなど、多彩な投球をする。カーブは曲がっているときにボールの両側で異なる空気圧をつくり出すので、湾曲した軌道上を移動することになる。ピッチャーがピンチを背負っている場合は、その仕返しにバッターを”めがけて投げる”ことがあるように思える。投球後のフォロースルーは、ほんの一瞬の間、ピッチャーのバランスを崩すこともあるが、ピッチャーは時速160Kmの速球に対して、それ以上のスピードで打球が飛んでくることをイメージしながら、いついかなるときもボールから目を離してはならない。というのも、ピッチャーライナーが打ち返されたら、反射だけで打球を避けることはむずかしいからである。
[捕手について]
キャッチャーはピッチャーにサインを出したり、野手の守備位置を指示する守りの要である。この守備位置は、最もむずかしくかつ危険である。1875年以前は、キャッチャーはミットやマスクを使っていなかったが、1870年代の終わりころ、最初のマスクが使われた。キャッチャーは、視野のなかに入るものすべてを見なければならない。ワイヤー製の鳥かごのような初期のマスクは1920年代から1930年代に、より大きな視界を得られるように改良された。いまでは、キャッチャーの装具も近代的になり、安全になっているが、それでも毎分2.4Km(1.5マイル)のフルスピードで飛んでくるし、ホームプレート上のクロスプレーでは、ランナーが頭からまともにぶつかってくる。ヘルメットとマスクの組み合わせは、ファウルチップが顔面に当たるのを防ぐためには不可欠である。メジャーリーグの選手がストライクゾーンをスウィングするバットスピードは時速113Km(70マイル)であり、しかも、キャッチャーの顔のすぐ近くでスウイングする。
■野球/ソフトボールにおいて目の役割が大切なシーンをご紹介いたします。
□バッティングを向上させる動体視力:
打撃の神様と呼ばれた川上哲治は、全盛時「ボールが止まって見える」といいました。大リーグの通算打率.344、歴代8番目の記録を持つ好打者テッド・ウイィアムズは、ボールが投手の手を離れた瞬間から、その回転が見えるといい、ボールのどの部分を打ったかを、ほとんど正確にいい当てることができたそうです。「縫い目の上」「縫い目の6mm上」などと、これらの神業は、すべて驚異的な動体視力のなせるワザです。
□選球眼を養うには眼球運動をレベルアップさせる:
世界のホームランキング王貞治は、選球眼が打者の命と考え、ヒマを見つけては投球練習中のピッチャーに頼み、バッターボックスに立たせてもらい、ボールを目で追い続けたそうです。また、大リーグ随一の通算安打数4256本を誇るピート・ローズは、ボールを見送るときも、キャッチャーミットにボールがおさまるまで、ボールを見続けました。高速で動くボールを目で追う能力、つまり眼球運動は、打撃力と密接に関係しています。
□捕球・送球の能力を高める深視力:
打球の角度、速さ、方向、高さなどを瞬時に判断し、補給体勢に入るためには、深視力の能力が必要とされるでしょう。ライナー性の当たりに対しては、打球音を手掛かりに対応することもあるようですが、やはり深視力は守備の基礎的な映像情報を得るために欠かせないはずです。また、外野手や内野手が正確な送球を行うときも、距離感や方向感覚を働かせるために、深視力が威力を発揮するでしょう。
□打撃・盗塁、野手・捕手の判断を正確にする瞬間視:
三冠王三度獲得という大記録を打ち立てた落合博満は、投手がボールをリリースする瞬間のボールの握りを見きわめ、球種を判断しているそうです。また、大リーグの盗塁王リッキー・ヘンダーソンをも上回る1065個の世界記録を誇る福本豊は、投手のクセを研究し、塁上で瞬間的にそのクセを読み、盗塁を成功させていたとか、そして野手や捕手は、捕球後、送球場所を決めるときに、塁上の走者の位置や動きを瞬間的に見て判断します。
□投球や打撃のフォームは視覚化で完成度を高める:
「学ぶ」は「まねる」ということばから変化したものです。巨人の桑田投手や落合選手など、自分が理想とする投球フォームや打撃フォームを、頭のスクリーンに焼き付け、それを再現するようにして投球や打撃を行うとよいでしょう。そして、実際にボールやバットを持たないときでも、何回も何回も頭の中で理想的なフォームを視覚化します。できるだけ具体的にこと細かくイメージ化することが大切です。
■野球と目
「眼を切る」と球が速く見える
バッティングでボールから眼を離すことを、「眼を切る」といいます。眼を切りボールから眼を離れると、正確なインパクトが出来ません。動体視力、深視力、眼と手の協調性などのバッティングに関係するスポーツビジョンが、十分に働かなくなるからでしょう。また、眼が切れると、ボールのスピードが遠くに見えるものです。これは、スポーツビジョンが十分に働かなくなるため、スイングのタイミングがつかめなかったり、ミートポイントがわからなくなったりして、気持ちの余裕がなくなることに原因していると思われます。そして、眼がボールから離れ、中心視野でボールをとらえられず、周辺視野をかすめる状態になると、球速がより速く見えるということもあるようです。自転車で狭い道の塀ぎわを走ると、塀が周辺視野にとらえられ、実際のスピード以上に遠く感じられるのと同じです。
日本ではスポーツ外傷と眼損傷の因果関係、スポーツにおける眼の防御、スポーツに必要な視機能、屈折矯正とスポーツの関係など詳しくまとめた本は少ない。スポーツ大国アメリカでは、スポーツを眼科学から分析しようとする試みはかなりの歴史があるようである。今回、記載させていただく参考文献はアメリカ発 SPORTS OPHTHALMOLOGY書(著者Bruce M.Zagelbaum)によるものです。